刀狩り

豊臣秀吉の刀狩令。
これは農村の武装解除が目的だそうです。
戦国時代は半農半士というように招集されたら武器を持って駆けつける感じだったので、農村に武器があってもおかしくありません。
そんなところで誰かが扇動して一揆が起こったら、幕府転覆にもなりかねないわけです。
そんな彼らを恐れて、諸大名も刀狩りはやっていました。
それを全国規模で、厳しくやったのが豊臣秀吉です。自分自身のことを考えたら、出る杭は打っておいた方がいいと思ったのかもしれません。
そんな中、徳川の時代になっても許されて農村の中に武器を持っていた集落もあったそうです。忍者かもしれないし、隠密的な仕事をしていたのかもしれませんね。それでも結局、集落は消されてしまったそうです。
豊臣秀吉の場合は下剋上を恐れてのことなので、とにかく締め付けがすごかったようです。
そして没収した武器は、農機具にしたり、大仏をつくるための釘などにするとしたそうです。
昭和にも刀狩りがありました。
GHQの日本刀没収政策です。
日本刀は日本軍の精神的支柱と考えていたそうです。
確かに日本人にとって日本刀はただの武器ではありません。
戦場で日本の軍人は日本刀を使っていました。指揮官が日本刀(軍刀)を振り上げて、全滅覚悟の突撃をしたことも、切腹をしたことも、アメリカ人には理解不能だったのかもしれません。
日本人が何か命がけでやるときには、そこに日本刀があると感じたのでしょう。
日本刀がある限り軍国主義へと再び舵を切る可能性があるということで、GHQによる刀狩りが始まり、たくさんの名刀が海外へと流出してしまいました。
日本側の強い要望で、GHQも最終的に「宗教的に崇拝されているもの、美術品としての価値の高いもの」は残すことになりました。
日本で刀剣を愛でることができるのも、このときの日本側の働きかけのおかげなんですね。

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*