No Picture

槍(やり)・・・斎藤道三

June 8, 2017 admin 0

「美濃の蝮」と呼ばれた斎藤道三は「下剋上のキョウ雄」として知られ、又美濃国(岐阜県南部)でも屈指の槍の使い手としても知られている。合戦で多くの兵を殺傷したのは弓矢だといわれるが、遠くから射た矢で大将をを倒したのでは、首級が取れない。その点槍は遠距離から敵を突き、薙ぎ払い、倒したその場で刀を使い首を取ることができる。道三は槍の猛稽古に励み、戦場に出れば敵の死体が山をなし、この武勲によって、世に名を知らしめることにつながったとも言われる。  また道三は、自分の槍をとても大切に扱った。湿気で腐ったり錆びたりしない様に、節をくり貫いた竹にいれ、布袋に包んでから、軒下で保管した。この話を聞いた領主は、道三の心掛けをたいそう褒め称えたという。

No Picture

典厩割国宗(てんきゅうわりくにむね)・・・上杉謙信

June 5, 2017 admin 0

この太刀は、川中島の戦いで武田信玄の実弟であり武田軍の副将・典厩信繁を討ったとされる、上杉謙信の愛刀であったが、常陸国(茨城県)の大名で、謙信と共に小田城の戦いで小田氏治を破った佐竹義重の手に渡る。謙信は義重が武功を立てたことを喜び、「これからも、わが軍の助けとなってほしい。これは老後の杖代わりにするつもりであったが、わが魂と思い、是非受け取ってもらいたい」と一振りの太刀を与えた。これが、備前国(岡山県南部)の刀匠・三郎国宗作・典厩割国宗であった。義重は大いに喜び佐竹の家宝として大切にした。  佐竹家では代が変わり、当主となった長男・義宣はこの太刀を磨り上げ、脇差にしてしまった。鋒(きっさき)が切られており、鋒を切るのは日本刀にとり絶対のタブーである。鋒をきれば「帽子」がなくなる。帽子とは鋒部分の焼刃の事で、帽子がなくなることは、鋒の焼刃がなくなるということ。これは日本刀のとっては致命的である。義重は、日本刀の魂が失われてしまったと、大層悲しんだといわれる。